こんにちは、るんです。
私はこの前の3月に会社を辞めましたが、
会社勤めのときと辞めた後で生活に大きな変化がありましたので
お伝えします。
予想通りだったもの、意外だったもの様々ですが、
ほぼすべてが良い変化でした。
それでははじめていきましょう!
自然に起きるまで寝るとそれだけで幸せになれる
目覚ましをかけずに毎日自然に起きるまで寝ると、幸せな1日を過ごせます。
会社に勤めていた頃は、当然目覚ましをかけていたので、
大きな音で睡眠を遮られてしかめっ面でふとんから這い上がっていました。
しかも毎日のようにギリギリの時間まで二度寝・三度寝をしていました。
「清々しい朝」とか「気持ちいい朝」という表現をよく目にしますが、
私にとっては、それとは程遠い時間でした。
目覚ましの音をゆっくりフェードインしてくれる音楽に変えて、いくらか朝の不快感は緩和されていましたが、やはり爽快感はありませんでした。
しょうがなく起きるといった感じです。
それに比べて目覚ましのない朝は、とても気持ちがいいです。
起きる直前に、なんの障害もなくふわーっと意識が戻ってくる感覚がわかります。
パチっと目が覚めた瞬間から気持ちがいいので、ふとんから起きるのも楽勝です。
二度寝も滅多にしなくなりました。
朝起きた瞬間から幸せなので、
ポジティブな気持ちで1日を始められます。
起きた瞬間から既に満たされているので、日中もイライラすることがなくなりました。
空を見るだけで感動できる
空って綺麗ですよね。
会社に勤めている時も空を眺めるのは好きでした。
ただし、旅行先など特別な空間にいるときしか空を眺める時間を持てていませんでした。
旅行は好きで、暇を見つけては出掛けていたのですが、
ふと、私は何が良くて旅行が大好きなのだろうと考えた時に、
「食べ物」でも「温泉」でもなくて、
「綺麗な空が見たい」という答えになったんです。
それがわかったときに空なんてどこにでもあるのになぁと苦笑してしまいました。
以前は日々を切り抜けるのに一生懸命で空を見る余裕が全然なかったのです。
出勤中に空を見ても、「うん、きれい。はい、仕事!」といった感じで全然堪能できていませんでした。
余裕がないと、眺め方も全く違ってくるんですよね。
それが会社を辞めてからは、ゆったりとした気持ちで空を眺めることができるようになりました。
昼間の青々とした空も好きですが、やっぱり1番見ごたえがあるのは夕焼けです。
夕焼けの色が何層もグラデーションになって、刻々と変わっていくのを見ると、それだけで感動します。
なんと会社を辞めただけで、場所を選ばずにどこでも感動できる体質になってしまったのです!!
1日の時間の使い方が自由すぎる
子供の頃から時計があり、1分の長さは60秒と決まっていました。
時間割や就業規則によって時計の通りに動いていました。
会社を辞めてみると、当たり前ですが時間割や就業規則がなくなりました。
何時に起きるか
何時に食べるか
1日何食にするか
何時に寝るか
すべて自由です。
学校や会社にいる時には、これらは全て自分の自由にはなりませんでした。
会社の始まる時間に間に合うように起きなきゃいけないし、
となると、睡眠時間から逆算して寝る時間が定まります。
そもそも残業が続いたりすると、理想の睡眠時間が取れないこともしばしば。
会社の休憩に合わせて食事を取らないとならないし、
途中でおなかが空いても基本的に仕事が終わるまで食事はできません。
私は会社勤めているときに自分の自由時間を増やしたくて、食事習慣を1日3食から1日2食に減らしたのですが、
1日2食だと私の場合11時と17時に食事を取るのが1番快適に過ごせます。
しかし、会社勤めだとランチは12時からで、
終業時間も18時なので間に合いません。
なので12時と、早くても20時に食事を取ることになります。
11時から12時までの1時間と、17時から20時までの3時間は使いものになりません
使い物にならない私を1日4時間も雇ってくれる会社はなんて優しいのでしょう(笑)
結局、会社勤めの頃は1日2食生活を始めたはいいものの、ストレスを感じていました。
会社を辞めてからは11時と17時に食事を取れて、ものすごく快適です。
1食分の時間も浮きますし、
1日4時間のタイムロスもありません。
おかげで、自由になる時間がさらに多くなり、その分やりたいことに多く時間を割けるようになりました。
時間と言う概念から解き放たれる
1時間は60分でそれ以外ありえないのだと、ずっと信じていました。
それがここ最近、この考え方に疑いを抱いています。
会社員の頃と今では、1時間の長さが違いすぎるのです。
もちろん、時間という概念に数字を当てはめたのは大発明だと思います。
しかし、それをきっちり守っていこうとすると毎日毎日の窮屈感が募ります。
会社を辞めてから、その窮屈感から自由になりました。
「9時から18時まで仕事」というふうな区切りがなくなったので、
自分の中でも1時間ごとに区切らなくなったことが原因だと思います。
前は1時間何かをしたあとの感想が、
「楽しかった」とか「集中できた」とかの前にまず何よりも「もう1時間経ってしまった」と喪失感に似たようなものを感じていたのに対して、
今は「楽しかった」とか「集中できた」ということだけを思うことが多いです。
時間に喪失感を抱くことがなくなり、
そもそも時間という概念を思い出すことが極端に減りました。
うまく言葉にできないのですが、
確実に1時間60分という縛りから離れつつある自分を感じています。
意外と少ないお金で生きていける
仕事しない生活は意外とお金が掛からないです。
これは会社を辞めてしばらく経ってから気づいたことで、
今まで抱えていた不安はなんだったんだと意表をつかれました。
会社員は毎月お給料が入ってきて、無職よりはずっと安定していると思っていましたが、
会社勤めの時よりなぜかお金の不安が少ないのです。
今では会社員よりも無職の方が(低空飛行ながら)安定しているのではないかと思えてきました。
それはなぜかというと、おそらく意外と少ないお金で生きていけてしまうというのが、身をもって分かってしまったからだと思います。
最低限の生活費は必要なのですが、
会社員だった頃の
「せっかく連休だから旅行したい」とか
「残業で疲れたからマッサージ受けたい」とか
「同僚の話していた映画を見に行こう」とか
そういうフルタイムで仕事をしているからならではの出費がごそっとなくなりました。
会社員をしていた頃の私は、会社を辞めても上記のような出費は当然発生するだろうと思っていましたが、そもそもそういう欲がなくなりました。
だって、空眺めてれば感動して幸せになれるんだもん。
毎日のようにラジオ体操していれば、マッサージも要りません。
そう、私が生きていくにはお金は確かに必要ですが、
大金は必要なかったのです。
そのことに気づけたので心がスッと軽くなりました。
労働が欠乏感を生んでいるのではと思い始める
幸せになるために、
満たされるために、
何かを手に入れるために、仕事をしていました。
仕事をしたお給料で満足を得ようと思っていました。
確かに、一時的な満足は得られました。
ただし、コンスタントに満足を得るためには、働き続ける必要がありました。
こんなに毎日ヘトヘトになるまで頑張っているのに、
全然割りにあわないと日々感じていました。
幸せになるために仕事をしているはずなのに、
つもりゆく欠乏感…。
まだまだ頑張りが足りないから、欠乏感にさいなまれているのだと思いました。
しかし、さらに頑張る気力も体力も、もう残されていませんでした。
会社を辞めました。
寝たい時に寝られます。
起きたい時に起きられます。
やりたいだけ好きな事ができます。
時間を気にせずお散歩ができます。
材料を工夫して作りたいものを作れます。
疲れたらお昼寝ができます。
全然頑張っていません。
日々気ままに生きているだけ。
欠乏感は皆無になりました。
空を眺めるだけで幸せで満たされるようになりました。
変化前と変化後の違いはただ一つ、
会社員を辞めたことです。
なぜ会社員でいたときはあんなに欠乏感があったのだろうと今でも不思議です。
でも会社員でなくなった今、欠乏感が消滅している事は確かなのです。
人生ってシンプルだ
会社に勤めている頃は、人生は複雑で難解だと思っていました。
頑張っても頑張っても、理想には程遠く、
ヘトヘトに疲れ果てていました。
今は「仕事」とか「お金」は概念でしかなく、
悩むに値しないものだと思っています。
そんな、外から与えられた概念に悩むのは馬鹿らしいです。
その時間があったら、自分の体験したいことを順番に楽しんでいった方がいい。
「仕事頑張らなきゃ」
「お金稼がなきゃ」
こういう想念がなくなって、
どんどん人生がシンプルになっていっています。
今まで悩んでいたことはなんだったんだろうと思うほどです。
悩みの8割はなくなりました。
憑き物が落ちるとはまさにこのことです。
難しくて複雑な手順を踏まなくても、人は幸せになれます。
まとめ
仕事を辞めてから感じることは人それぞれだと思いますが、
私は心境にかなりのいい変化がありましたのでまとめてみました。
最後に最近みたTED Talksで大きく頷いた動画がありましたので、
ぜひ見てみてください。
この記事で言いたいことがわかりやすく述べられています。
私もジョンさんみたいに3ヶ月で家建てて、作物作って、のんびり暮らしたら
もっともっとシンプルに近付くのではないかなと妄想しています。
以上、『会社を辞めてから気づいた、人生は意外とシンプルだってこと』でした。